○【8.VSゴーレム】
【アキト】「ユメ。下がってろよ」
【ソイ】「気が向いたら、補助呪文でもかけてくれ」
【ユメ】「え、え……?」
【ユーリ】「来る!」
気づいてから到達までは、もはや一瞬。
氷が削れるキリキリとした悲鳴と、つららが地面に突き刺さる音も聞こえる。
【ゴーレム】「ごああああああああ」
【ユメ】「ひゃああああ! き、きたあああ!」
ゴーレムが放つ、強烈なパンチ。
私たちは蜘蛛の子を散らすようにして、散開する。
だけど負けてはいられない。
こいつらを倒さないと、先には進めないし、先輩も助けられない!
一番素早く動いたのは、アキト、もしくはユーリだった。
【アキト】「『めぐり、めぐれ、炎のアーダル! 溶かし尽くせ、未来まで! ファイア・レイン!』」
【ユーリ】「『女神ペレを飾りし妖精たちよ、活火山より激しく踊れ! アーリー・アロウズ!』」
二つの炎の呪文が、ゴーレムの頭上に、側面に放たれる。
命中!
【ゴーレム】「ぐおおおん!」
【アキト】「うわっ!」
【ユーリ】「わ」
でも、相手だって甘くない。
火の魔法で腕は溶けたけれど、体ごとすべてを投げ出して、私たちを押しつぶそうとする。
重量勝負では、確実に私たちの負けだ。
【アキト】「ぺっぺっ! あっぶねー! 案外雪玉って、威力あるんだな」
アキトが口に吹くんだ雪を吐き出して、独りごちる。
そんなアキトを、木の上に素早く避難していた殿下が笑う。
【ソイ】「はは、おぬしの故郷は行儀がよいのだな! 雪合戦中に、氷玉を作らんかったのか!」
アマツで私たちがいた地方は、めったに雪が降らないから。
雪合戦や雪だるまなんて、こっちに来てから見たのだった。
しかしそんなからかいになんて、アキトは負けない。
殿下のほうほ見向きもせず、再び立ち上がり、腕を振り上げる。
【アキト】「あいにく、育ちがいいんで……ねっ!」
光り出す、杖の先。
そして、もう一つの腕から繰り出される煌めき。宝石だ。
【アキト】「『ブレイク』!」
【ゴーレム】「ぐおおおおん!」
これは効いたようだ。
顔面に直撃の魔法を食らって、ゴーレムの上半身が崩れていく。
だけどまだ、下半身は動いている。
私たちの背丈の倍もある、雪の固まりが!
【ユーリ】「お、宝石使うなんて、本気だなあ。じゃあ、僕も」
そして、ユーリも負けていない。
優雅に束ねた髪の毛を吹き上がらせて、美しい炎の輪を作る。
同時に、輝く宝石二つ。
【ユーリ】「『輝けるヴェスタ、麗しの乙女よ。汝の騎士を傷つけるものに、怒りの炎を! アグリ・レンジ!』」
宝石に込められた魔力によって倍加した炎の輪が、ゴーレムの足下を輪切りにしてゆく。
【ゴーレム】「ぐおおおっ……ぐおん!」
水蒸気が霧のように辺りに充満し、私たちの頬に水滴を散らした。
ゴーレムの断末魔の叫びが聞こえる。
そしてようやく、辺りが静かになってゆく……。
【アキト】「ふう」
【ユーリ】「やるね」
【アキト】「お前もな」
【ユメ】「きゃあ! すごいよ、アキト、ユーリ! ゴーレムが崩れた! ……倒したよ!」
【ソイ】「ふむ。思った以上に、おぬしら、成長しとるの」
【アキト】「ぬかせ。偉そうに高見の見物を決め込んでたくせに」
【ソイ】「はは、許せ。次は頑張る」
【ユーリ】「やれやれ、本気で思っていなさそうな返事」
これ以上ないほど見事な協力攻撃。
やっぱりアキトとユーリは、最高の友だち同士なんだなって思った。
伊達に一緒の部屋で暮らしてない。
私と殿下自身は何もしていないのが、なんともいえず……だけど。
二人がすごいのは褒め称えなくちゃ。
【ユメ】「でも、ほんとに二人ともすごかった。これなら、夢魔なんて一撃で倒せるね!」
私は万歳をする。
みんなもそれに笑顔で応える……次の瞬間、微妙な表情。
【ユメ】「ふえ?」
【アキト】「期待してもらってるとこ、ありがてーんだけどさ」
【ユメ】「どうも、まだまだ僕らは試されてるみたい。ね、殿下」
【ソイ】「その通り」
激しい吹雪が再び吹き付けてくる。
そしてさっきから殿下が見ている、雪原の向こう。
みんなが見ているので、私も精一杯背伸びしてみる。
……だんだん、何かが雪を踏む音が近づいてくる。
ぞっとした。
遠い山かと思っていた、雪の連なり。
その正体は、実は。
【ユーリ】「今のは前座。僕らの力を試されただけ」
【ユメ】「……雪の原いっぱいに、さっきのゴーレムが……」
すべてゴーレムだった。
殿下は私たちに偵察兵の処理を任せ、本体部隊の動向を観察していたのだ。
ため息をつきつつ、木の上から殿下が飛び降りてくる。
【ソイ】「さて。あれらを一撃でなんとかするのは、さすがに難儀じゃの」
【アキト】「つーか、無理」
【ユーリ】「無理だね」
三人が腕組みをし、うーんと唸る。
私は頭を抱えて、目を閉じる。
最悪の予想をしてしまって、頭の中から離れない。
【ユメ】「む、無理ってことは……どうなるんですか」
【ソイ】「我ら全員、この夢の中で息絶えて、夢魔は力を取り戻し、再び人の世界に災いをもたらす」
まるで私の頭の中を読み取ったような意見を、殿下はさらりと言う。
だけど……だけど私は「そうだ」と言えない。
だって、口に出したら本当のことになっちゃいそうだから。
【ユメ】「そんなのっ……そんなのダメです!」
【ソイ】「……そうじゃの」
だけどそんな気持ちは、みんなだって同じだ。
何か手があれば。
何か出来ることがないか、考えている。
【ユメ】「なにか、方法はないんですか。なんでもいいから……がんばれる方法は」
【ユーリ】「ユメちゃん」
でもみんながこんなに沈んだ顔をしているのに、本当にそんな奇跡が見つかる可能性があるんだろうか。
【ユメ】「私にも何か、手伝える方法は……っ!」
……私みたいな落ちこぼれが、何かできると思うことがすでに、不遜なんじゃないだろうか。
だけど考えることを辞めたくない。
私は、諦めたくない。
だって諦めたら、私にとって大事な人をたくさん失うことになる。
一人でも嫌なのに、みんななんてもっと嫌だ……!
だから考える。
考える……!
【アキト】「あるに決まってるだろ」
【ユメ】「……っ、アキト」
だけどアキトがきっぱりと言った。
男らしい、強い口調で、私たちに……いや「私」に向けて言った。
【アキト】「確かにあのゴーレムの集団を、俺たち三人で殲滅するのは不可能だ。だけど道は作れるだろ、お前は……お前だけが、その道を通って、カルロスを助ければ良いんだ」
【ユメ】「え、それって……どういう」
混乱する。アキトは何を言っているんだろう。
だけど解っていないのはどうやら私だけのようだ。
ユーリと殿下も納得したように鼻を鳴らす。
【ユーリ】「……残念。先に言われちゃった」
【ソイ】「ふふん。どうやら我ら全員、同じ案を考えているようじゃ。説得の手間が省けて、うれしいの」
【アキト】「説得? なんで」
【ソイ】「余が考えている案は、ユメに一番負担がゆく。すなわち、命の危険があるということじゃ。そんなことを、アキト。おぬしが許してくれるのかと思うてな」
【アキト】「……っ、なんだよそれ。別に……俺はユメが危険になったって、べつに」
【ユーリ】「なんとも思わない?」
【アキト】「……思うけど! こいつだって魔法使いだ」
【ユメ】「アキト……」
【アキト】「やれることは、やってもらう! それだけだ」
どうやら。
私はアキトに、みんなに……多大な期待をかけてもらっているようだ。
軽口、いたずらっぽい微笑み、余裕ありげな尊大な態度。
この人たちがいればなんだってできる。
そんな可能性を秘めた優秀な人たち。
その中で、私が出来ることって少ない。
でも、ないわけじゃないと……必要だと、みんなが言ってくれている。
だったら、私の返事は一つ。
【ユメ】「解った! なんだかよく解らないけど、なんだってするよ。私、頑張る」
【アキト】「ユメ……」
アキトが目を見開いた。びっくりしている。
もしかしたら、私を説得しなければならないと思っていたのかもしれない。
ユーリが笑う。殿下も笑う。
【ユーリ】「そうだね。やれることはやってもらわないとね」
【ソイ】「うむうむ。アキト。どうやらお前の姉は、おぬしが心配するよりずっと、肝の据わった大人のようじゃぞ」
【アキト】「うっせえ! そんなこと、ずっと前から解ってんだよ! 時間ねーぞ! はやくやろう!」
アキトの顔がぷうと膨れて、それを隠すように一番に走り出してしまう。
向かう先らは、白い霧がもうもうと上がる。
確かに、ぐずぐずしている暇はない。
敵はもうすぐここにやってくる。
きっと、私たちを倒しに。
【ソイ】「やれやれ。普通に励ませぬのか、あやつは」
【ユーリ】「まあまあ、それがアキトですから。それに時間がないのも確かです」
【ソイ】「うむ。ではさくさく行こう。ユメ。これからおぬしに作戦を伝えるが、一度しか『言えぬ』」
【ユメ】「殿下」
【ソイ】「……練習もできぬ。本番一発勝負じゃが。それは、おぬしをちゃんと魔法使いとして、対等に扱った証拠と思うて、必ずやり遂げて欲しい」
【ユメ】「……はい。解りました」
殿下の金色の目が、支配者のそれに変わる。
人々を導くもの、そして命と誇りを救うためにある、凛々しく美しい魂の色が、私の背筋をちゃんとさせる。
美しい声が、私の耳に企みごとを囁いた。
一度きり。
けれど、必ずやり遂げる。
アキトの信頼に応えるためにも。
(だって私は、アキトのお姉ちゃんなんだから!)
【ソイ】「ではゆくぞ、ユーリ、ユメ!」
【ユーリ】「はい」
【ユメ】「はいっ!」
【ソイ】「アキトに続け!」
ゴーレムとの開戦を告げる殿下の声と共に、私たちはそれぞれのシンボルに向かい、呪文を唱えた。