○【11.雪の王】
大扉を開くと、静寂が私を出迎えた。
【ユメ】「し、しつれいしまーす……」
誰もいないお城の中、私はたった一人で奥へ進む。
おっかなびっくり、階段を上がる。
【ユメ】「……せ、先輩ー! ゆ、ユメですー! どこにいますかー!」
そして小さく呼びかけてみる。だけど返事はない。
だからだんだんと声も大きくなり、誰とも出会わないから、行動も大胆になる。
【ユメ】「あの、夢魔さん捕まえたんですよねー。卵の入れ物、みましたー」
【ユメ】「だったらもう安全だと思うのでー、出てきてもらえないでしょうかー」
【ユメ】「あ、そんでですねー、アキトとユーリと殿下もですね。迎えに来てるんで……」
暗がりの奥で物音がした。
今までの静かだっただけに、ちょっと……いや、かなりびっくりする。
警戒する。
(この城の中には、リップ以外の何かがいるのだから)
先輩がいるのは解ってる。
先輩がリップを懲らしめたのも。
だけど先輩が自由になったはずなのに、この城の中から出てはいない。
それはとりもなおさず、この城に敵がいるということ。
(先輩を捕まえる何かが)
魔法の杖を握りしめる。
油断は出来ない。失敗は許されない。
だって先輩の命がかかっているんだから!
——まるで私を誘うようにして、廊下の一番奥の扉が開いた。
しかし誰も……出てこない。
【ユメ】「……で、出てこないってことは、行くしかない……よね」
【ユメ】「……行くしか」
つぶやき、自分を叱咤することで、私は扉の中に入る勇気を絞り出す。
(殿下、ユーリ、アキト……みんなの勇気を私にちょっとだけ分けて!)
心の中で呼びかけ……私はとうとう意を決する。
【ユメ】「えーい、観念しなさい! あ、あなたはもう、包囲されているー!? せせせせ、先輩を返しなさーーいっ……?」
派手に扉を開け、杖を部屋のヌシに突きつけた。
真っ白に染められた部屋の中で、水鏡に向かっていた「そいつ」。
いまだ私に背を向けている。
だけどその背中には見覚えがあった。
……絶対に、忘れることの出来ない背中。
【ユメ】「せ、先輩……?」
【カルロス】「……」
赤い髪が揺れた。
私の声にようやく気づいたかのように。
それとも、わざとらしい演技を続けるかのように。
——静かに、ゆっくりと、振り向いた。
【カルロス】「……おう、よく来たな、ユメ」
【ユメ】「……先輩?」
【カルロス】「……でも、来て欲しくなかった」
【ユメ】「……え」
先輩は悲しそうな目をしていた。
今にも涙をこぼしそうな、そんな暗い顔。
らしくない。
先輩はいつも自信満々で、なんでも自分に任せろとばかりに、頼れる背中でいる人なのに。
今の先輩の影は儚い。今にも消えてしまいそう。
だから私は詰め寄った。だって確かめたかったのだ。
先輩がちゃんと現実に存在しているのかどうか。
【ユメ】「ど、どうしてですか。私たち、先輩を助けに来たんですよ。な、なんか結果的には、先輩がやっつけちゃったみたいですけど……」
【カルロス】「……ああ、夢魔は俺が捕まえた。あの封印はちょっとやそっとじゃ取れないはずだ」
【ユメ】「アキトたちもすごく心配してます、もちろん、シャルロッテや玉麗だって!」
【カルロス】「……そうなんだろうな」
【ユメ】「だ、だから一緒に帰りましょう。来て欲しくなかったなんて……そんなの、言わないで欲しいです」
【カルロス】「……ユメ」
先輩の足が一歩下がった。
私はすぐにその一歩を詰める。
……けれどまた一歩下がり、私は次の一歩を……躊躇う。
避けられていると解ったから。
【ユメ】「……怒っているんですか。私のせいで、こんなことに巻き込まれたこと」
【カルロス】「……」
【ユメ】「もちろん、お、怒ってないはずはないと思いますが! でも、先輩がいなくなったら、悲しむ人がたくさんいます。ですから」
【カルロス】「目が覚めたくねえんだ」
【ユメ】「え……」
我が耳を疑った。たぶん、脳が理解することを拒否したのだ。
……だけど先輩の瞳は真剣だ。
私をじいっと見つめている。
まるで天敵に見つけられてしまった小動物のような気持ちがする。
……こういう目をする先輩は危ない。よくない。
だけど言葉は止められない。
先輩の唇がゆっくりと、紡いだ。
【カルロス】「なあ、ユメ。そんなに、俺のことを心配してくれんなら……一つ、願いを聞いてくんね?」
【ユメ】「は、はい? わ、私でできることなら、なんでも」
【カルロス】「ずっと、この城に一緒にいねえか」
【ユメ】「……先輩」
【カルロス】「アキトもユーリも、ソイのことも忘れて」
【ユメ】「……」
静かな、静かな氷の城。
その中央の主の部屋、美しい水鏡に映る景色を背に、先輩は私に手を伸ばした。
まるで、王様みたいに。
(いや、事実そうなんだ)
——だってこの氷の世界は、先輩の心の中だからだ。
冷たくいつも雪が降って、小さなお城に閉じこもっている孤独な王様。
それが先輩……なのかもしれない。
琥珀色の瞳が、まるで宝石のように煌めく。
私を誘う。手を伸ばして。
【カルロス】「俺と一緒にいないか。ずっと……」
【ユメ】「……」
【カルロス】「ここでなら、それが実現できる。何もかも、俺の思い通りの世界だから」
【ユメ】「……先輩」
【カルロス】「お前の願いも、全部叶えてやれるんだ」
その手が、私の頬を撫でた。
とても冷たく冷えていた。