○【12.秘密がある】
唇が近づいてくる。琥珀色の瞳が近づく。
指先が先輩の指に絡め取られて、きつく手の甲に爪が食い込む。
振り払えない。
先輩の瞳に、射られる。縫い止められる。
…… その瞳の奥に隠れた、寂しげな意志の強さに。
逆らえない。
【カルロス】「ユメ」
囁きが耳に届く。心は揺れる。うずく。震える。
——そんな私の心と共鳴したのだろうか。
【ユメ】「きゃっ……!」
地響きと共に、建物が揺れた。
テーブルの上に置いてある水晶玉や蝋燭が倒れて、無残に壊れる。
水鏡から溢れた水の飛沫が、私と先輩の間にパシャンと跳ねた。
そして私は我に返る。
【ユメ】「先輩、地震です! 早く、建物の外に出ないと!」
【カルロス】「……違う」
【ユメ】「えっ」
【カルロス】「これは、違う!」
私の叫びを先輩は即座に否定し……続く動作で、両腕を高く上げた。
その指に光る、一対の指輪は先輩の魔法使いとしてのシンボル。
それが一気に光り出す!
【ユメ】「先輩、なにを……!」
【カルロス】「先手必勝!『アイシング・レイン!』」
周囲で小さな宝石が花火のように弾ける。
魔力を解き放つ音だ。
だけど誰に向かって!?
(ここには、私と先輩しかいないはずなのに)
まさか。
——先輩が私に向き直る。
そして、その手に生まれた氷の槍を、思い切りぶん投げた!
【ユメ】「きゃあああっ!」
私は突然のことに一歩も動くことができず、きたるべき痛みに身を竦めた。
(……あれ?)
しかし、予想された惨劇は起こらなかった。
先輩が狙ったのは、私の後ろにある——出入り口。
扉だった。
氷がみしみしと鉄を浸食する音がする。
【カルロス】「ユメ、どいてろ」
【ユメ】「え、え」
【カルロス】「早く、こっちにこい!」
先輩が真剣な眼差しで手を伸ばす。
私はその手を取ろうと思った。だけどなぜか——動けなかった。
それは遠くで、聞き覚えのある声がしたからだ。
足音が迫ってくる。氷で封印された扉を叩く。
詠唱が歌われる——砕ける!
【アキト】「そ、そこまでだ!」
【ユメ】「……アキト!」
やっぱり、声の持ち主はアキトだった。
ぜいぜいと意気を荒げて、杖を握って……私の肩を強引に抱く。
まるで先輩の眼差しから、私を守るように。
【カルロス】「やっぱり、やってくるのはお前か。アキト」
【アキト】「カルロス。お前の思うとおりには……させねえ」
心臓がどきどきする。
アキトの体温を背中に感じながら、氷のように冷たい先輩の瞳を見る。
だけどなにより目につくのは……アキトの手のなかにあるもの。
見覚えがある。
それはこの城の本来の持ち主であったリップの卵だった。
【ユメ】「アキト。それっ……夢魔の卵! あの池の中から、拾ったの!?」
【アキト】「そうだ。凍ってるから、今、言葉はしゃべれねえけどな。でも、力は失っていない。これに命じれば、現実への扉が開く。帰るぞ! ユメ、カルロス! 全員揃って……現実の世界へ!」
アキトの言ったことは、私たちが望み、先輩にとっても助けになる。
そういう提案だった。
私は当然、その言葉を聞いて、先輩も喜ぶと思った。
だけど違った。
【カルロス】「させるかよ! 『リ・スペル!』」
【ユメ】「……先輩!」
【アキト】「こっちのせりふだ!『ヴァイス・リード!』」
二人の呪文がぶつかり合い、ただでさえ荒れた部屋の中をさらにかき回す。
あちこちで小物が壊れる音がして、白い埃が足下に舞った。
混乱する。
【ユメ】「アキト! 先輩! どうして二人が戦うんです! みんなで、助かるために来たのに!」
【カルロス】「言ったろ。俺は戻りたくない」
【アキト】「戻ろうぜ、カルロス」
【カルロス】「戻れるかよ! お前なら、俺が戻れない理由が解っているはずだ!」
【ユメ】「え……っ」
先輩がまるで……泣き出すかのような悲痛な声で、叫んだ。
私の肩に、アキトの指が更に食い込む。
見つめ合う。
まるで二人で……心の中で……何かを会話しているように。
先輩とアキトは、何か一つの秘密を共有していた。
【アキト】「……っ、ああ、解る。解るよ、でも! 戻らなかったら、もっと大切なものも、失う」
【カルロス】「……アキト」
【アキト】「……夢の中じゃなくて、現実で。ちゃんと勝負しようぜ」
【カルロス】「……」
【アキト】「俺となら、フェアだ」
今度はアキトが手を伸ばした。杖はいつの間にかしまわれている。
非武装だ。それは先輩がもうこれ以上の攻撃はしてこないと確信している証。
そもそも……どうして二人が戦わなくてはならないのか、私には解らないのだけど。
だけど……男の子には、男の子にしか解らないことがあるから。
女の子が口を出してはいけないことがあるから。
今がきっとその瞬間なんだと、今は思った。
【カルロス】「……っ」
先輩も手を下ろし、唇を噛んだ。