○【13.フェアプレイ】
先輩とアキトが見つめ合う。
じいっと……互いにシンボルを構えながら、何かを語り合っている。
それは私には解らない、話題。
たぶん男の子だけに解る世界なんだろう。
【カルロス】「そうだな。お前だけは……そうかもしれない」
【アキト】「カルロス」
【アキト】「……止められなかったのは、悪かった」
【カルロス】「……仕方ねえ。俺があいつらの立場でも、そうすっから」
だけどあまりにも……話が全く見えないので、つい私は手を挙げた。
【ユメ】「あ、あの……ど、どういうこと? 話の展開が…… 見えないんだけど……」
もう先輩もアキトも、戦う意志は持っていないようだった。
それでも下ろせないのは……なんだろう。
たぶん、プライドって……やつだろうか?
先輩が私を一瞬見て、小さくゆっくり息を吐く。
その顔は、なぜか真っ赤に染まっていた。
アキトを振り返る。解らないって顔をしてみると、アキトのほうまで俯いた。
だけどいつまでも、この膠着状態を続けているわけにもいかない。
アキトのほうから、重たい口を開いてくれた。
【アキト】「……お前が寝ている間にあったことだ」
【ユメ】「あ、この夢の世界で、最初に落ちた時の?」
【アキト】「そう。図書館塔によく似た部屋。本がたくさんあっただろう」
【ユメ】「うん。一杯あったね。そんで……みんなで読んでた」
そこでなぜか、先輩がうめいた。
赤い顔が今度は真っ青になっていて、なんだかとても苦しそうだ。
でもなんでだろう? アキトはただ話しているだけで……何の魔法的な力も使っていないはずなのに。
【アキト】「……あれは、夢魔の力で、具現化された……カルロスの記憶を記した本だったんだ」
【ユメ】「は……?」
だけど……次にアキトが続けた一言で……私の脳みそは一気にぽんっと弾けた。
…… それって、一体……どういう……?
背筋にざわざわと悪寒が忍び寄ってくる。
【アキト】「す、すげえプライベートなことまで書いてあったすら、お、俺は一応止めたんだ。でも、その……ユーリとソイは、お前が目覚めるまではいいだろうって……」
【ユメ】「あ、ああ……」
そして気づいてくる。解ってしまう。
どうして先輩が苦しんだか、私にあんなことを言ったのか……。
【アキト】「……ちょっとのはずが、お前……すげえぐーすか寝てるから……結局、かなりの数を読んじまって……その……」
【ユメ】「……あああああ……」
【カルロス】「解るだろ。俺が……現実に帰りたくない理由が……」
【ユメ】「せ、先輩……」
先輩がゆらりと幽霊のように壁にもたれかかる。
そして、素早くテーブル上の水晶玉を掴み、投げる!
ガラス玉はドアに当たって、粉々に砕けた。
細かな光の粒が、虹のように部屋に広がる。
同時に隠れていたものも、映し出す。
——扉の陰から覗いていた、ユーリと殿下の姿を!
【ユーリ】「……ああ、ばれちゃってた」
【ソイ】「ばれちゃってたようじゃのう」
【カルロス】「っ、てめえら! ばれちゃってた、じゃねーよ! この世界は俺そのものなんだから、見ようと思えばどこだって見えるっつの!」
【ソイ】「見ているなら、言ってくれればよかったのじゃ。怒られたら、すぐやめたぞよ」
【ユーリ】「うんうん。そうだよ。言ってくれれば……」
【カルロス】「その時はまだ、夢魔をつかまえてなかったんだよ! やつに捕まっているうちは、視界以外の力は封じられていたんだ!」
【ユーリ】「うん、だろうなと思ってたー」
【ソイ】「だから安心して、読みふけってしまったの」
【カルロス】「確信犯かよ! お前ら、人のプライベートを無断で読みあさって……少しは悪かったとか、ごめんなさいとか、いえねーのかよ!」
【ユーリ】「謝って済むなら、いくらでも謝るけどー」
【ソイ】「悪かった。すまぬ。許してくれ?」
【カルロス】「ぐあー! むしろ怒りが膨れあがる! やっぱり、俺は現実には戻らない! 戻らないぞー!」
水晶玉だけでは飽きたらず、先輩が部屋中のものを投げ始める。
私たちはそれらを避けるので精一杯。
だけど嵐はすぐに治まる。
だってこんなに狭い部屋なんだもの、自然と投げられる物の数は決まってる。
【カルロス】「ううう……どっせーい!」
【ユメ】「きゃー、先輩! 机は! 机はいくらなんでも無理だと思いますー!」
石造りのしっかりした机を、一人で持ち上げようとする先輩。
いくらなんでも、それは無茶だ。不可能だ。
……だけど。
【ユメ】「え」
みし、という音がした。机が動いた。
そして……本当に少しだけだけど、浮き上がる。
【アキト】「……っ、まさか!」
【ユーリ】「本気で投げるつもり!?」
【ソイ】「火事場の馬鹿力にもほどがある!」
みしみしという不吉な音が部屋中に響いた。
【アキト】「わああ、まてまて、カルロス! き、記憶改ざんに使える魔法っていうのがあるぞ! なんだったら、俺も呪文開発に協力するから! な!」
【アキト】「ユーリ、ソイ! お前らも今日知ったことは、外に漏らすんじゃねーぞ! 約束! 絶対な!」
【ユーリ】「わー……アキトに怒られちゃった」
【ソイ】「むー……しかも珍しく、ユメ以外のことで。うむ。これは頷いてやるしかなかろうな」
【カルロス】「ぐあーーー! にやにやした顔で言っても、説得力ねーんだよ! どっせーい!」
【ユメ】「きゃーーー!」
—— 机が、舞った。
【ソイ】「うわわああ!」
【ユーリ】「カルロス、落ち着いて、話し合おう!」
【カルロス】「話し合いをすること自体が、屈辱なんだよ、俺は!」
確かに。
先輩の言葉は正論で、誰も反論できない。
なんというか……事故みたいなものだもん。
先輩は何の罪もないのに、一番恥ずかしい目に遭ってしまった……。
だけど、いつまでもこんな無意味な喧嘩をしているわけにもいかない。
【アキト】「あー、まったく! どうしてこう、俺の周りはトラブルメーカーばっかりなんだよ!」
【アキト】「ユメ、ぜーんぶお前のせいだ!」
【ユメ】「わーん、ごめんなさい!」
【ソイ】「しかし、このままでは埒があかん! ユーリ!」
【ユーリ】「どうすればいいですか! 指示をください! わっと!」
先輩の攻撃はまだ続いている。
机が投げられるんだから、何でもありだ。
……今度はタンスに手をかけた!
【アキト】「げ、あの図体のもの投げられたら、どうしようもないぞ」
【ユーリ】「っていうか、普通にカルロスが怪我する」
【ユメ】「そ、そんなあ……!」
【ソイ】「自分を見失っておる。ええい、こうなれば、仕方ない!」
殿下が懐に手を入れ。何かを取り出した。
それには……私は見覚えがある。
【ユメ】「は、はいっ! わっ、夢魔の卵」
【ソイ】「ユメ、そやつに『アンロック』と唱えろ! こうなっては、やつの力を借りてでも、強制的にでも戻るしかあるまい!」
【ユメ】「ででで、でもいいんですか! これを捕まえるために、殿下は……」
【ソイ】「よい! ……カルロスの心の傷に比べたら……安いものじゃい」
最後はちょっと苦笑いだった。
釣られて私たちも苦笑する。
だけどそうすることで、私は少しリラックスできた!
【カルロス】「ユメ、恨むぞ!」
【ユメ】「……先輩、でも。私たちは現実に帰ってやることがあるから」
【カルロス】「さっき言ったこと、本当だぞ!」
【ユメ】「えっ……」
【カルロス】「俺は、二人きりでも構わない!」
【ユメ】「うっ……」
心臓が口から飛び出るかと思った。
だって……そんなこと……みんなの前で言われたら!
みし、と肩にアキトの指がめり込む。
【アキト】「ユメ」
【ユメ】「ひい!」
【カルロス】「うう……」
【ソイ】「ユメ、はやく!」
【ユーリ】「ユメちゃん!」
みんなが私の名前を好き勝手に呼ぶ。
迷う、戸惑う、解らなくなる、だけど!
【ユメ】「ううっ……ごめんなさい、先輩! この埋め合わせは、その、現実で!」
【ユメ】「『アン・ロック』!」
——私はまだ、諦めてない。竜を。