○【14.エピローグ】
戻ってきた私たちをまず出迎えたのは、マリアンヌ先生の泣き声と、シャルロッテのお説教だった。
【シャルロッテ】「まったくもう、あなたたちって、どうしてこうトラブルばかり巻き起こすの!」
【シャルロッテ】「見なさい! このマリアンヌ先生の心労を!」
【マリアンヌ】「うう……またゲルハルト先生に怒られる……うう」
学生寮のシャルロッテの部屋。
すでにアキトたちとは別れて、私たちはそれぞれの部屋へ戻されていた。
呪文を唱えた後のことはよく覚えていない。
どうやら私たちは、全員気絶して、あの世界から戻ってきたらしい。
割を食ったのは玉麗とシャルロッテだ。
私たちが先輩の夢の世界へ入っていった後、遅れて到着した二人は、どうしたらいいのか解らず、泣きながらマリアンヌ先生に助けを求めたらしい。
……人選は合っている。まさか、ゲルハルト先生にこんな事態を知られたら、今頃どうなったことか。
だけどマリアンヌ先生にすれば、また貧乏くじを引かされたと思っているんだろうな。
本当にごめんなさい……。
これでも、できるだけ迷惑をかけないように、頑張っているつもりなんだけど……。とほほ。
【玉麗】「ま、まあまあ……でも、このアカデミーにリップの魔の手が伸びるのを阻止できたんだからいいじゃないですか。そんなに怒らなくても、ねっ」
頭に角が伸びそうなほど怒っているシャルロッテの前に、愛しの親友が立ちはだかる。
さすが玉麗頼りになる……!
【シャルロッテ】「あなたがそれを言いますの……玉麗っ……!」
【玉麗】「ひいっ! すいません!」
しかしこの怪しいオーラまで漂わせたシャルロッテを前にしては。
玉麗は空気を読むのが得意な人である。
ようするにスタコラサッサと私たちの後ろに隠れてしまった。
ああ……そういえば頼りになるときも、頼りにならないときも、常に確率五分なんだよね、玉麗って。
どうやら今回は頼りにならないターンだったみたい。とほほ。
まあ、シャルロッテが怒るのも仕方ないよね。
そもそもあのリップの本をこのアカデミー内に持ち込んだのは彼女だし。
【マリアンヌ】「……およしなさい、シャルロッテさん。私は大丈夫ですから」
【シャルロッテ】「でも先生」
【マリアンヌ】「いいのよ。皆さん、悪気があってやったわけではないのですしねっ。先生は知っていますよ。みんながとっても良い子だって! いいえ、信じています!」
【ユメ】「……」
【玉麗】「……」
【シャルロッテ】「……」
三人揃って俯き、黙り込む。
マリアンヌ先生の無償の愛は素晴らしい。
ゆえに心が痛いのだ。……すいません、先生のように天使の心を持てない私たちで。うう。
【マリアンヌ】「どちらかというと、可哀想なのは男の子たちのほうね。ゲルハルト先生にはまさか相談できないし、かといって心の傷は酷いしで……」
【ユメ】「うう……」
【マリアンヌ】「カルロス君、大丈夫かしら。また登校拒否になっちゃったりしないかしら。せっかくお友達ができて、また学校に来るようになったのに……逆戻りは嫌だわ」
【玉麗】「いやあ……どうでしょう」
【シャルロッテ】「聞くところによると、もはや口をきくこともできないくらい、憔悴しきっているらしいですからね……麓のラボにいる使い魔たちでさえ、今のカルロスには近づけないとか……」
シャルロッテの「聞くところ」は当然ユーリのことだ。
……考えてみると、今回の事件で一番の被害者って、先輩なんだよね。
元はといえば、私の成績が悪いせいで、色んな人に心配かけちゃって……。
リップは確かに悪いけど、つけこまれる要因は私が作った。
本当に先輩には申し訳ない。
……頭の中を人に好き放題覗かれるなんて、一生の恥だよね。
実は……ちょっとだけいけないドキドキをしてしまったから、よけいに後ろめたい。
先輩の甘い声と、冷たい手の感触は、今でも私の耳元に残っている。
ほんと……よくない! 忘れなきゃ!
そうしなきゃ本当に、先輩は学校に来なくなってしまうかもしれないんだから。
次に会ったときは普通に、何も知らないように振る舞えるようにしておかないとね。
【シャルロッテ】「まっ……全員命に別状がなかったのは、幸いでしたけどっ」
【マリアンヌ】「……ふふ。ええ、それは本当に、その通り」
【玉麗】「確かに」
【ユメ】「うん」
みんなで互いの顔を確認し、ほっと胸をなで下ろす。
窓の外に見えるのは、薄もやがかった青い空。
聞こえてくるのは、朝を告げるヒバリの声。
帰ってきた。
私たちはこの平和な世界に……。
【シャルロッテ】「甘い」
【ユメ】「え」
…… そんな情感に浸っていると、意地悪モードになったシャルロッテの声が聞こえた。
【シャルロッテ】「お忘れになって? あなた方はあの世界に、けっこう長い間いたのですわよ。そして今日は月曜日……」
【ユメ】「……あ」
【玉麗】「あー」
【マリアンヌ】「……頑張ってらしてね、ユメさん」
一気に顔面が蒼白になる。
—— 「さ来週の月曜日。追試だ。平均点に達しなかった場合、どうなるか……解っているな」
【ユメ】「きゃー! なにも対策してなーーーい!」
当然だ。
だってついさっきまで、私たちは先輩の頭の中にいたんだから!
お風呂と着替えはしてあるけど、テストどころか宿題だってやっていないし、朝ご飯だって食べていない!
こんな状況で、あのゲルハルト先生のテストが受けられるのだろうか?
【玉麗】「なむなむ」
【シャルロッテ】「なむなむ」
【マリアンヌ】「……な、なむなむ?」
【ユメ】「きゃー! 三人揃って拝まないでくださいー! 玉麗の真似なんてしないでください、先生まで! 余計絶望的な気分になるうううう」
おててを合わせて幸せ……なんて洒落を言いかけた玉麗を、我知らずの猛スピードで口止めし、私は涙目で抗議する。
だけどシャルロッテはニヤニヤしたまま、マリアンヌ先生は……やっぱり笑ったまま。
ひどい! 完璧、ずっと気づいていたのに、今の今まで言わなかった!
【シャルロッテ】「まあ、頑張りなさい」
【玉麗】「骨は拾ってあげます」
【ユメ】「わーん!」
私が叫び声を上げたところで、遅刻ギリギリを告げるチャイムの音が鳴り響いた。
【マリアンヌ】「いけない! もう時間だわ! 早く皆さん、行きましょう!」
【ユメ】「あう、でもまだ教科書が!」
【シャルロッテ】「ゲルハルト先生は、時間にも厳しいですわよ」
【玉麗】「わー! 早く、早く行きましょうー!」
【ユメ】「わーん、待ってーー!」
ばたばた、ばたばた、騒がしい朝。
シャルロッテが優雅に部屋を出て、その後にマリアンヌ先生と玉麗が続き、最後に鞄から本を溢れさせた私が出る。
【ユメ】「はあっ……」
扉を開けると冷たい朝の空気。
新鮮なそれを思い切り吸い込み、私は前に目を向ける。
【アキト】「おはよう」
【ユーリ】「おはよ」
そこにはいつも通りの人たちがいる。
【ユーリ】「カルロスは殿下が引っ張って、先に行ったよ」
【玉麗】「まあ、あの先輩に近づいたどころか、引っ張るとは……さすがKY王子ですねっ」
【シャルロッテ】「カルロスの心の傷が深くなっていないことを祈るばかりですわね……」
みんな並んで、学校へ行く。
男の子たちはほんの少しの急ぎ足。
私たちの歩調に合わせてくれる。
【アキト】「な、なんだよ」
【ユメ】「えへへ、なんでもないっ」
【アキト】「……きもちわり」
空を見上げる。
どこまでも続く青い空。
毎日の中に隠れている、たくさんの小さな困難と、数多い喜び。
ちょっとくらいの痛みがあっても、この素晴らしい現実を手放したくない。
(私の名前はユメだけど)
どうか、今日もこの名でみんなと生きていられますように。
The End